THE HOLY BIBLE

顎下腺腫瘍を経験して

今日はいつもと全く内容が異なるのと、途中一部グロテスクに見える画像も入るので、そうしたことに弱い方は見ないで、音楽とサッカーのことには全く触れませんので飛ばしてください。

いつか書こうと思っていた一昨年の顎下腺腫瘍という病気治療に関する振り返りをと、震災から一年の今日思い立ちました。
正直こうして回復したといっても、やはりあまり良い思い出にはならないし、放置しようかとも思いましたが、とはいえこうした経験は身の回りにいないと本人は本当に不安なことも多いし、震災のあの体験をふまえても、こうして日々生活を送れる幸せというのは、とにかく感謝することしかないので、今後似たような不安をもつ方が少しでも落ち着いて対応できるよう、何かの参考になればと思い、書くことにします。

ただ、あらかじめお断りしておくと、病気というのは結局見た目ではわからないし、似ているからといって私と同じとは限らないし、医者にかからないと何もはっきりしないということ。
そして、それにはとにかく早く気づくというのが重要だということでしょうか。
そして一つ確実に言えることは、人間の回復力というのはたいしたものだし、こうした手術を受けてもここまで回復できるというのをお知らせできればと。

<発覚から検査をいろいろ>
何となく違和感を感じたのは2010年6月末くらいだったでしょうか。
左側の喉というかアゴの下というか、そのあたりを自分で触って、何やらゴリゴリした物体を感じたのが最初でした。
変な話、人間全て左右対称でもないし、なんとなく深いところに何かありそうな気はしたくらいで、それまでどうだったかをわかるかというと全く気づかないし、その時期精神的にも相当厳しい時期だったのと、仕事が忙しすぎて体調が不安定だったのもあって、気のせいだったり、すぐ解消されると思い込んでいました。

7月も中旬に入り、なんとなくそのゴリゴリが肥大化してきました。
ただ、触って特に痛いわけでもなく、なんとなく気持ち悪く感じたくらいのもので、歯医者以外は日頃あまり病院に行くこともないこともあって、放置が続いていました。

7月も終わり頃にはいよいよ目立ち始めました。
鏡でみても明らかに出っ張っているので、気になって仕方ないので病院に行くことに。
どこに行って良いのかわからず、仕事は午前中休んで近所の内科に。
そして診察も触ってすぐ医師に言われたのが、「これ申し訳ないけど、うちじゃなくて耳鼻科に行ったほうがいいね。そしてすぐ検査でCTとか撮ることになるから、紹介状書く大きな病院にすぐ行ってほしい。」ということ。
これは何やらエラいことになってないか一気に不安になりました。
そして紹介状を持ってその足で某大学病院に。

不安ばかりなところ、また続けて診察を受けたところ、触りながら聞かれたのが「いつ頃気づきましたか?」というのと、「痛いですか?」ということ。
そして言われたのが、「8割は大丈夫だと思いますが、これからしばらく検査に通っていただきます。」とのこと。
「8割ってことは、残りの2割は何なんですか?」と尋ねたら、「簡単に言うとガンの可能性があります。」と。
そんなショックな話をずいぶんあっさり言ってくれたものだと、一気にどん底に落ちた気分に。
当時、ゴジラ松井が打率2割くらいで不調とはいえホームランは打つわけです。
それって全然低い確率じゃないでしょうと。。。
そこから検査に入るにあたり、まずCT(あの写真で身体を輪切りに撮れるやつですね)を撮るのに、造影剤が大丈夫かの検査をすると。
検査のための検査するというのも不思議でしたが、早速血液を抜かれまして、また来てくださいと。

その日は午後から通常通り仕事の打ち合わせがあり、取引先に向かいましてあまりのショックにまともな打ち合わせにならなかったのを良く覚えています。
会社に戻っても、現実味があまりにない話でとにかく悪いことは考えないよう必死でした。

CTを撮るにあたり、造影剤を点滴のような感じで流されたのですが、不思議と暖かい感じがしました。
血液をこうしてすぐ流れるという人間の構造が体感できたような気がしたものです。

そして数日後、その結果がわかるというのでまた通院。
前回のように触診で「痛いですか?」との確認。
もちろん痛みはなかったのでそう答え、輪切りの写真と対面。
そこで確認できたのが、その物体は確実に腫瘍だということ。
それは摘出(要は切って取り出す)しか対処方法が無いこと。(←この時点で手術確定)
傷口はシワにそって切るので目立たないようにはするが必ず残るということ。
その腫瘍が悪性かどうかは摘出しないとわからないということを聞かされました。
そこでその部位が「顎下腺」というのも初めて分かったことでしたね。

その場で言われたのが、年齢的に若くてこの症例は女性のほうが多いので、
珍しいまではいかないが、男性だと多くないかもしれないこと。
また、そこで太い注射を刺されまして、針先についた腫瘍細胞を検査すると。
あれが結構痛かったのと「やはり7割は大丈夫でしょうね。」との台詞。
前回よりしれっと1割下がりまして、当時イチローが不調で3割程度だった頃。
でもイチローなわけです。やっぱり打つでしょう、それは。

そうしてRISING SUN ROCK FESに行くため札幌帰ってたわけですが、家族にもそんなことはなかなか言い出せず。
フェスも楽しいのかどうかもよくわからず。

戻って検査結果を聞きにまた通院。
医師の手元の結果が書かれた書類に釘付けだったわけですが、そこには「TYPE II NEGATIVE」と。
NEGATIVEというと良い印象の無い言葉だけに一瞬慌てましたが、要は陰性ですと。
ちょっとホッとしたわけですが、このTYPE IIというのが、急に大きくなるとガンに変質する可能性がある多形腺腫というタイプとか。
それは穏やかじゃないし、早めに摘出しないと傷口も大きくなると。
やっぱり手術ですよねとショックだったのですが、それも全部摘出して調べないと針についた部分だけなのでということで安心もできずで。。。
何か生活習慣が影響したかが気になり聞いたのですが、あまりそういう影響はなく、結果的に不運ということがわかり、すごく不公平な気持ちになったことを覚えています。
ストレスはとにかく何についても良くないとは言われましたが。
ちょうどストレスも公私ともに絶頂期だったので、どうにもなりませんでしたけど。

この時点で8月末でしたが、手術スケジュールは2ヶ月くらい前に決めて、その準備になる検査もあるとか。
で、すでに10月下旬のMANICSのロンドンを見ることを決めていたので、帰国後すぐのつもりでスケジュール調整を。
10月中旬に入院前検査。
これは全身麻酔に耐えられるかなどが確認項目らしく、中でも大変だったのが肺活量検査。
このときほど息を吐き続ける苦しさを感じたことは無かったですね、そういえば。
過去のエントリの通り、2010年10月下旬に行ったMANICSはジェームスの体調不良により翌年に延期。そして渡英中に帰国後すぐ台北出張することになり、入院2日前帰国という慌ただしさに、心配する親から「そこまでさせられるような会社は辞めてしまえ」と怒りを買ったのもそりゃ仕方ないかと。
でも健康でさえあれば普通の生活で良いと言われてもいたので、付き添いのため上京してくれた母と前夜は寿司を食べて頑張ろうと。

<入院、手術>
入院前日、仕事に行く前に朝写真を撮りました。
それがこれです。
ここから定期的に記録することにしました。

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アゴ下に明らかにデカい異物が確認できるかと。

入院し手術前日、同意書なるものの説明を受けサインを求められました。
要約すると、
・手術には万全を期するが、場合によって顔面に一時的もしくは半永久的に麻痺が残る場合あり。
・手術はやらないことも選択できるが、症例から手術以外は対処方法が無く、悪性腫瘍だった場合、全身に転移し死に至る可能性あり。
という感じ。
これ読んで気持ち良くサインするかよと思いつつ、仕方ないのでサインをし、初めての入院、初めての手術で不安も多く、もともと神経質なので寝れないかもと思いましたが、仕事の疲れか寝不足かいつもよりぐっすりと・・・

手術は11月11日。事前の説明では麻酔の覚めるまでを足して、手術時間は3時間から4時間で、最初は信じてませんでしたが、当日から食事も可能とのこと。
とにかく不安でしたが、術衣に着替え、手術室でマスクつけられ、「ぼ〜っとしてきたら教えてください」と言われ、そんなドラマじゃないんだからすぐ落ちるかよと思ったらあっさり落ちました。すごいですね、全身麻酔。

遠くから名前呼ばれてる気がしたら、手術が終わってベッドの上でした。
朦朧としながら明らかに首がエラいことになってるのだけわかり、主治医の先生が「手術は成功でしたよ。これ見えますか?」と言われ、摘出された腫瘍の瓶詰めを目の前に見せられたものの、焦点も合わないような状態でサイズもよくわからず。
結果的に3cm超えで結構大きく血がついて白さが強調された物体でしたが、どうも太い血管に挟まれるように大きくなったことから、難易度の高い手術だったとのこと。
その瓶詰めは病理にまわされましてさようならと。。。

そこから4時間程度安静にし酸素マスクを外されてすぐ、着替えをしようとしたら起き上がるのがとても大変だということ。
首がすごいことになっているし、点滴されているし、尋常じゃない疲労で最初ふらついたのですが、看護師の助けを受けつつ身体を起こして着替えまして、すぐに撮った写真がこれ。

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傷口に血がたまらないよう、呼吸はできる程度にぎっちり首を絞められた状態で、管は血を抜くためのもので、まさに血が流れているわけです。
これにはショックでした。
でも最初は信じられなかったものの、すぐに水も自分で飲めるし、流動食ではありましたが食事もできました。
傷が見えないこともかえって良かったのか、あとは回復するだけと思った瞬間です。

入院期間はとにかく本を読み、音楽を聴き、定期的に食事して紅茶飲んでの繰り返しの日々でした。
出血が減るのも日々わかるし(そりゃ目の前に管から出て行くので当たり前ですけど)、内蔵疾患があるわけでもないので食事も制限ないし、テーピングが日々弱めになっていくことから食事もしやすくなったしと、毎日回復を感じられる喜びもありました。
ただ、深夜から早朝にかけ、痛み止めが切れる時間帯が結構大変でしたね、当時は。
そんな時に隣のベッドの入院患者がイビキひどかったりで腹が立ちましたが、ノイズキャンセリングヘッドホンでしのぎました。

誕生日の翌日、血を抜く管が取れそうというので、友人限定でお見舞いに来ていただきました。
どうしても管ささってるような状態で人に会いたくなかったのと、そこまでくれば心配もかけないだろうと思いまして。
ちょうど点滴もなくなりシャワーもOKとなった11月15日だったと思います。
こんな時だったからこそ、心遣いも嬉しかったし、自分の回復の喜びとともに、安心してもらえるかなと。
そのときはこんな感じですね。

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この時くらいから首の締め付けも弱くなり、楽になっていたのと、管も無くなれば寝るときも自由で、退院を意識したタイミングです。

毎朝主治医の先生の診察があるわけですが、その度に「傷口はきれいについてますね」と言われていて、安心してたのですが、一つ大きな勘違いをしていたのに気づいたのです。
先生の言う「きれい」は接合が完璧というだけで、「美しい」わけじゃないんだなと思い知ったのが、テーピングなしでOKとなった退院前日、初めて自分の傷口と対面しまして、この通り。

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まるでフランケンシュタインですよ。
管の跡も見事に残ってるし。。
鏡を見てかなりショックだったのですが、とにかく退院できる喜びのほうが強く、日々本を読みふけりました。

退院日の朝、抜糸してテープのみに。
もう傷口も見慣れてきてましたが、痛みは変わらず薬が切れるとやってきまして、先生から言われたのが痛み止めは出すけど、普通の生活する限りはできるだけ我慢してほしいと。
痛み止めは内蔵負担が多いらしく、入院時のような環境では無いので、眠れない時以外は我慢してくれと。
これが結構大変でした、何せ痛かったので。
痛みは1ヶ月程度、違和感は半年程度で無くなるということで、この状態でめでたく退院。
入院は術後7日間でしたでしょうかね。
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<退院後>
退院してまずトライしたかったのが病院の目の前にあってずっと食べたかったMacでハンバーガーを。
場所はその足じゃなくてZEPP TOKYO行ってでしたが、口が前ほど開かなくて、ちゃんと食べれなかったのは最初に襲ってきた現実でした。
そしてそれまで入院生活では全く感じなかった疲労が、それほど大変なことをしていなくてもぐったりくる体力低下には驚くばかりです。
でもここからTHE FLAMING LIPSの歓喜があり、想像を超える体力低下に苦しみはしたものの、仕事にも復帰しMANICSの来日での奇跡を経て、1週間が経過した時点で検査でテープを取られこの状態に。
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あまりにグロテスクでしばらく鏡も見たくありませんでしたが、この状態でどうしようという感じで、寒いと痛みも増すので、当時は常にタートルネックのシャツで隠していたのを思い出します。
でもこのタイミングで病理検査でも問題無しと分かり、とにかくホッとした時期です。

ここからの見た目の回復は早かったです。
その後、二週間でこの通り。
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年が明けて痛みがほぼ無くなり、口もちゃんと開くようになってハンバーガーも食べれたし、あとは違和感との格闘。
寒いとかなり傷口が張るので、それが無くなってきたのが2月に台北に行ったころでこのような感じ。
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見た目はかなり気にならない状態になったのも安心して、あとは春を待つのみとなって、3月ようやくと思ったら震災だったわけです。
本当に連日辛い日々でしたが、日々生活を送れるありがたさに感謝を強めたのは間違いありません。
色々メンタル面では安定しない時期が続きますが、それでもこうして違和感も薄れ、回復を実感する毎日です。

そして今日撮った写真がこれ。
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日常で傷が自分で気になることもなくなったし、今ではあえて言わなければ、人にも気づかれない状態までになりました。
人間の回復力って本当にすごいものです。

以上、ざっと振り返りましたが、とにかく言えることは、何か気になったらすぐ病院行くこと。
そして健康であるというのはどれほど素晴らしい事かということ。
当たり前のことに感じてたことも、意外とそうでもないものですよ。
そして家族、友人、主治医の先生だけでなく、サポートしていただいた全ての方に感謝することを忘れないようにしないとですね。
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by yo4san | 2012-03-11 20:30 | Comments(12)
Commented by udonrock at 2012-04-09 17:03 x
私も今週同じ手術をします。
大変参考になりました!!
Commented by まほし at 2012-04-28 16:13 x
突然失礼します。
私も先日同じ診断名を受けました。
6月に手術の予定ですが、まだ1ヶ月以上もあること、また私は3年ほど放置していたため、かなり不安があります。
同じ病気の方の体験談を読むことができ、参考になりました。
ありがとうございました。
Commented by なな at 2013-06-20 13:40 x
とても参考になりました。
投稿してくれてありがとうございました。
Commented by ポッキー at 2013-08-07 20:45 x
今日、決まったのですが
甲状腺のガン手術の後、顎下腺腫瘍の手術をすることになり、かなりショックを受けてますが、参考になりました。
頑張ります(..)
Commented by 片岡健一 at 2013-10-04 10:12 x
はじめまして。僕も全く同じ顎下線腫瘍で入院、手術して昨日退院してきました。できた場所や術後の経過も全く同じでした笑
数ヶ月前に初めてサイトを拝見させていただいたのですが、何かと参考にさせていただきました。ありがとうございます。
僕は退院前に病理結果も良性と分かり、身も心も荷が下りたような気持ちで退院する事ができました。
このタイミングでご挨拶もかねてと思い書き込みさせていただきました。
文章の冒頭に書かれてらしたように、事前に読ませていただいて随分と不安も解消され、心の準備もできて非常にありがたかったです。
それではお体に気をつけて!
Commented by ノンノ at 2016-05-16 23:39 x
先日、顎下腺多形腺腫クラスⅢだと言われて
手術をする事になりました
とてもショックで怖くて怖くてたまりません
どうしても悪い方に悪い方に考えてしまって、恐怖ばかり募ってしまいます
詳しいことを知りたいという気持ちと、ますます不安になる情報は怖くて見たくないという気持ち両方が混在して…どうすることがいいことなのかもよくわからなくなってしまってます
そんなとき見させてもらいました
同じような場所の手術をして回復して元気にされてることを知り、少しほっとしました
ありがとうございます
恐怖は恐怖ですが…
腹をくくることも開き直ることもできず、臆病で困ってしまいます
できるなら逃げ出したい
Commented by ノンノ at 2016-05-16 23:39 x
先日、顎下腺多形腺腫クラスⅢだと言われて
手術をする事になりました
とてもショックで怖くて怖くてたまりません
どうしても悪い方に悪い方に考えてしまって、恐怖ばかり募ってしまいます
詳しいことを知りたいという気持ちと、ますます不安になる情報は怖くて見たくないという気持ち両方が混在して…どうすることがいいことなのかもよくわからなくなってしまってます
そんなとき見させてもらいました
同じような場所の手術をして回復して元気にされてることを知り、少しほっとしました
ありがとうございます
恐怖は恐怖ですが…
腹をくくることも開き直ることもできず、臆病で困ってしまいます
できるなら逃げ出したい
Commented by ノンノ at 2016-05-16 23:58 x
よくわかってないのに初めてコメントをしたら
同じコメントを載せてしまって
削除もできなくて…恥ずかしい
ごめんなさい
Commented by etu at 2016-07-26 14:16 x
詳しい記録をありがとうございました。
来週、同じ手術を行います。
傷口の生々しい写真のおかげで、得体の知れない不安が
はっきりと覚悟を持って臨める不安に変わりました。
そこに何があるか大体わかっていて進めるというのは心強いものです。
その後の回復写真にも希望がもてました。
ありがとうございました。
フランケンになってきます!
Commented by もやし at 2017-01-21 00:40 x
とても参考になりました。
私も顎下に2コと首元に1コ、2センチくらいの腫れ物が出来てしまい、大学病院まで診察しに行き、医者にも「良くないもの」と診断されていました。
診断結果も同じようにTYPE II とでました。
手術の予定も聞かれて、仕事の都合もあり、取り敢えずの経過観察期間が設けられた時に、奇跡的に腫れが引いて、手術をしなくても良くなる程にまでなりました。
そこまでになると、「良くないもの」の可能性はほぼゼロになるようですが、(お医者さんからそう言われました)私の場合は、結果顎下には触ると軽いシコリが残っていての取り敢えずの通院終了の結果報告でした。
「じゃあ結果この腫れは何?」となったのですが、結果何かはわからず。。

こう言う流れもあるようです。。

また腫れたら来てください。
との事で、「手術をしたら」の想像がつきましたので、もしもの時の流れがわかって、不安だった部分が見えて良かったです。
Commented at 2017-01-26 14:39 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 元患者 at 2017-03-11 22:25 x
忘れもしない2005年の暮れ、同じ手術を受けました。記録を見せて頂いて、傷の具合の経過等を「そうそう!そうだった!」と思い出しました。
これから手術する方は不安だと思いますが、私の時は想像していたよりもずっと楽でした。
心配しなくても大丈夫ですよ!頑張って下さい!
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